T

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

北欧のデッドストックファブリック

fl01s.jpg

これはうちのリビングに掛けてあるファブリックパネル。
4年ほど前に渋谷のINOUTでファブリックを購入してきて、
近所のホームセンターで買ってきた角材で枠を作り、パネルに仕立てた。
縦127cm、幅85cmの大きなファブリックパネルができた。

おそらく北欧で1970年代に作られたもの。デッドストックである。
デザイナーもメーカーも不明。

力強いデッサンと大胆な色彩。繊細さとは無縁なおおらかな図柄。
うちのリビングを明るく楽しい雰囲気にしてくれている。

左下にデザイナーのものらしきサインがある。

fl02s.jpg

誰かこのサインの主を知っていたら、ぜひ教えてほしい。
スポンサーサイト
  1. 2005/04/29(金) 23:47:24|
  2. インテリア|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

僕にはまだ似合わない:OLD VACHERON CONSTANTIN

ある日、母親が広島から僕に土産だって持って来た。

それは僕が憧れつづけていた、じいさんのヴァシュロン・コンスタンタン

僕の母方のじいさんは建築家だ。広島に住んでいる。
20年くらい前までは、講演会だ学会だとかで、日本中を飛び回っていた。
その帰りだか、途中だかで横浜の僕の家によく来てた。
いつもベレー帽をかぶって、両手にいっぱい荷物を持って、
腕にはこのヴァシュロンをしていた。

子供の頃から時計が好きだった僕は、
このじいさんのヴァシュロンが欲しくてたまらなかった。

「いつかはおまえにやるが、まだやらん」

じいさんはいつも言っていた。

じいさんは歳をとり、仕事も引退して横浜に来ることも無くなった。
僕も会社員になり、家族を持ち、滅多に広島には行かなくなった。
いつの頃からか、このヴァシュロンのことも忘れてしまった。

僕の手元にやってきたじいさんのヴァシュロンはボロボロだった。
ケースには深い傷が入り、風防も傷つき、文字盤は錆びて変色していた。
旅先で取り替えたのだろう、安っぽい金メッキのバンドが付いていた。
じいさんと供にハードな日々を過ごしたヴァシュロン。

ヴァシュロン・コンスタンタンは、泣く子も黙るスイスの高級時計メーカー。
パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲと並び、世界三大時計メーカーと言われる。
創業は1755年。その顧客リストには、世界史の教科書に載っているような人々の
名前が刻まれている。

このヴァシュロンを完璧な状態に復活させたい。

思い切って、ヴァシュロン・コンスタンタン本社でオーバーホールすることにした。
日本代理店であるリシュモンジャパンに持ち込み、コンプリートサービスと
純正風防、純正バンド、純正尾錠を注文した。
待つこと8ヶ月、ヴァシュロンは元の姿を取り戻して僕の元に帰ってきた。
料金はロレックスが一本買えるほど高額だったが、美しい出来映えに満足である。

vac001s.jpg

詳しいデータはないが、この文字盤から見て、1960年代のものだとのこと。
美しいヴァシュロン・コンスタンタンの象徴であるマルタ十字が映える。

vac002s.jpg

ケースは薄く繊細なデザイン。18金無垢製。竜頭にもマルタ十字が刻まれている。

vac003s.jpg

純正バンドは一番手ごろな型押しのカーフを選んだ。しなやかで付け心地がいい。
尾錠も18金無垢製で、マルタ十字が品良くデザインされている。

vac004s.jpg

とても軽い時計。小柄なじいさんには最適な旅の友だったに違いない。

このヴァシュロン、僕にはまだ似合わない。
いつの日か、こいつを自然に身に付けられる人になりたいと思う。
  1. 2005/04/27(水) 12:38:50|
  2. 腕時計|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

一発点火だロンソン!:RONSON GAS LIGHTER

僕はタバコを辞められない負け犬なオッサンなわけだが、
意思が弱いということの他にも辞められない理由がある。
僕はライターが大好きなのだ。
だって、タバコを辞めたら大好きなライターを使えないじゃん。
うーん、苦しい言い訳にしか聞こえないな。

タバコを吸う一連の行為の中で、火を付ける瞬間ってカッコイイと思う。
映画やドラマでも、タバコに火を付けるシーンはとても印象的。

西部警察の大門団長(渡哲也)
ショットガンぶっ放して、一仕事終えた大門団長がタバコをくわえ、
サングラスの眉間に皺を寄せて火を付け、遠くを見ながら煙を吐く。
う~ん渋いねぇ。

僕バカだからよく真似したもん。
薬指と小指でタバコを挟むのがポイント。顔を隠すように吸うのだ。

そんな訳で(どんな訳だ?)、僕はタバコに火を付けるライターが大好き。

ライターと言えば、まずZIPPOライターが思い浮かぶ。
僕も20歳の頃使ってたことがある。
新宿紀ノ国屋にあるライターショップで、シルバー製のプレーンなやつを買った。
店員曰く、使えば使うほど味が出て愛着が増しますよと。
でも、すぐに飽きちゃった。
じきに使わなくなって、姿が消えた。多分誰かにあげちゃったんだと思う。

その後もいろんなライターを試した。
高いのから、安いの。古いのから、最新式の。
買ってはなくして、もらってはなくして、その数多分数十個。

それでここ3年ほど、落ち着いて気に入って使ってるのがロンソンのライター。

このロンソン社、創業100年を超えるアメリカの老舗喫煙具メーカー。
数々の革新的な製品を世に送りつづけ、実に様々なモデルが存在する。
世界的にコレクターも多い。

僕が好きなのは、やっぱり60・70年代の製品。
それも、多くのコレクターにポピュラーなオイルライターではなく、
ガスライターが気に入ってる。

僕はほとんどeBayで購入するのだが、マイナーな存在だけあって安い。
大抵、5ドルくらいで落札できる。
でも、手元に届いて、ガスを入れてみるまで使えるかどうか判らない。
ゴムパッキンが経年変化で劣化し、ガス漏れすることが多いのだ。
運良く使えていても、しばらく経つとガスが漏れてきてダメになったりする。
もちろん修理は不可能。ま、安いからまた買っちゃうんだけどね。

最近よく使ってるのはこの2つ。

ron001s.jpg

なんか変な形でしょ。
これ、手で包み込むように握ると、丁度いい形になっている。

ron002s.jpg

イングランド製。
サイドの刻み模様が70年代風でイイ感じ。

ron003s.jpg

点火はピエゾ(圧電素子)方式。
握りこんでレバーを押し込むと、カチッと火がつく。
軽くてコンパクトで使いやすいライター。

もう一個はこれ。

ron004s.jpg

なんだか怪しい雰囲気。そしてずっしり重い。
横の幾何学模様が無理やりの高級感を演出している。
長方形のボタンが点火スイッチ。なんと電池式なのよこいつったら。

ron005s.jpg

底に電池のマーク。えっ15V!なんじゃそりゃ。そんな電池見たことない。
秋葉原を歩き回って探したけど見つからなかった。
電池専門店のオヤジによると、昔カメラのストロボで使われていた電池らしいが、
日本ではとっくに製造中止。外国ならあるかもとのこと。

で、早速ロンドン在住の友人に探してもらったら、なんとか見つけられたって。

ron006s.jpg

思いっきり怪しい。ラベルがただのコピーみたいだし。再生品か?
ま、使えるから気にしなーい。

ron007s.jpg

スイッチを押し下げると、チッって火花が散って、火がつく。

なんとも凝った造りのライター。

想像だけど、ライター業界の巨頭、ZIPPOに対抗したんだろうね。
ホイールをシュッと回して点火するのではなく、ワンプッシュで点火することに
こだわったんだな、ロンソンは。
  1. 2005/04/26(火) 15:08:03|
  2. ガジェット|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

素敵過ぎるエアライン:Braniff International Airways

SpaceBubbles.jpg

Google画像検索で遊んでたら、こんな写真を見つけた。
なんだか見覚えがあるようなサイケなスカーフが似合うレトロ美人なお姉さん。
よく見ると透明のヘルメットみたいなのを被ってる。なんだこりゃ。
でも、なんか気になるっていうか、んもー素敵!

画像掲載元のサイトを見てみることにした。

このお姉さんはBraniff International Airwaysというアメリカの航空会社の
フライトアテンド。古い雑誌の広告写真らしい。

Braniff航空は1928年オクラホマシティで誕生し、他の航空会社同様、普通に成長。
1964年までは、ほんと普通の「退屈な航空会社」だった。

じゃ1965年からはどうなったかと言うと、シャララーンと華麗に変貌したのである。

この年、新社長にハーディング・ローレンスが就任。
先進的な彼は「退屈な航空会社」というイメージからの脱却を図ったのだ。
Braniff航空からの依頼を受けた広告会社ジャックティンカー社の
広告部長メアリー・ウェルズ女史は、二人のスタークリエーターを起用した。

セレブ御用達のファッションデザイナー、エミリオ・プッチ
家具メーカー、ハーマンミラー社アレキサンダー・ジラルドである。
なんとも豪華なコラボレーションだ。

そして、キャッチコピーは
「The End of the Plain Plane. さよなら退屈な飛行機」

TheEndofthePlainPlanes.jpg

こうして、後に伝説となる大キャンペーンがスタートする。

エミリオ・プッチはあらゆるスタッフのユニフォームをデザインした。
冒頭の素敵な写真はその第一弾のフライトアテンドのユニフォームである。
透明ヘルメットはSpace Bubbleと呼ばれ、フライトアテンドの頭を雨風から守り、
髪型の乱れを防ぐものだそうだ。そしてカラフルなスカーフは、まさにプッチ柄。

貴重なコマーシャルフィルム(要QuickTime Plug-in)

PUCCI_Is.jpg

"Air Strip" PUCCI I

このコスチュームはAir Stripと呼ばれ、フライト中にフライトアテンドが次々と
パーツを脱いでいくことで、装いが変化していくというもの。

これがコマーシャルフィルム(要QuickTime Plug-in)

以降、彼は毎年斬新で魅力的な新作を発表し、機内ではフライトアテンドによる
ファッションショーも開かれた。

PUCCI_IIs.jpg

1967 "Air Strip Part II" PUCCI II

PUCCI_IIIs.jpg

1968 PUCCI III

PUCCI_IVs.jpg

1971 PUCCI IV

アレキサンダー・ジラルドはありとあらゆるものをデザインした。
ロゴマーク、機体のカラーリング、客席シート、アメニティーグッズ、
チケットホルダー、パンフレット、食器、社内用のステーショナリー...
その数なんと17,000点以上。いいなぁいいなぁこんな会社。

logobl.jpg logodoves.jpg

ハトのロゴはあらゆるブラニフグッズに印刷された。
これはジラルドのお気に入りで、彼はファーストロゴにと推したがのだが、
結局セカンドロゴとされたらしい。

707ss.jpg

カラフルかつ上品な色彩の機体。
全7色用意された。当初8色だったが、写真にも写っているラベンダー色は
白と黒と組み合わすと、メキシコでは縁起が悪いとのことで没になった。

inters.jpg intos.jpg

機内はやっぱりジラルドのテキスタイル。
なんか楽しそうだよね。住んじゃいたいと思うのは僕だけか。

tickets.jpg

チケット入れ。他にもバリエーションあり。
僕なら全色揃うまで乗ると思う。

も、ここまでやるかっ!て感じ。
当然、世界中で話題のエアラインとなり、世の女の子たちはブラニフのアテンドに
なることに憧れた。バービー用のユニフォームも発売され、大人気だったらしい。

あと、特筆すべきは、アメリカで唯一あの高速旅客機のコンコルドを所有したこと。
コンコルドは夢の旅客機。ブラニフはまさに相応しい航空会社だった。

しかし、1978年、カーター政権下で実施された航空規制緩和法により競争力を失い、
1983年に倒産。残念合掌。

Braniff International Airways
ほんとに素敵なエアライン。
高い金払って飛行機乗るんだから、こんな体験したいものだ。
我が日本の航空会社では無理でしょうな。って今それどころじゃないしね。
  1. 2005/04/23(土) 00:07:50|
  2. カルチャー|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

珍品!WALTHAM MECH-DIGI CHRONOGRAPH WATCH

とにかく変わった時計。
こいつを手に入れたときのことは、今でもはっきり覚えている。

1996年1月2日。

当時高円寺に住んでいた僕は独りきりで正月を過ごしていた。
正月番組に飽きて近所をぼらぼらしていたら、たまに立ち寄る「ヌードトランプ」
という古着屋がやっていた。正月からご苦労様なこって、と思いながら
ちょっくら寄ってみると、僕以外に客はいなくて、店員も知らない顔が
二人いるだけだった。

古いソウルミュージックが流れる暗い店内を一通り見てから、
3階フロア奥のショーケースを覗いてみると、そこにこいつがあった。

PIC00018s.jpg

なんじゃこりゃ?見たことないぞ。
店員にショーケースから出してもらった。

PIC00004s.jpg

Pic00021s.jpg

ファンキーな青い文字盤。どこが時刻なんだかわかりまへん。

よく見ると真中の扇形の窓がデジタル表示の時刻。
一番長い針がクロノグラフの秒針で11時のところのダイアルが60分計。
外周にはタキメータ(速度計)が刻んである。6時のところには日付がついている。

ヤラシイ感じの金色のケースはデカくて分厚く、ずっしり重い。

なかなか見かけない変なデザインの時計。
でも文字盤に書いてあるブランドロゴは、あのWALTHAM(ウォルサム)
19世紀半ばに創業された歴史ある真面目な時計メーカー。
謎な時計である。

僕: 「これいつ頃の?」
店員:「わかりません」
僕: 「本当にウォルサム?」
店員:「わかりません」
僕: 「動くの?」
店員:「わかりません」
僕: 「いくら?」
店員:「45000円です」

高!動くかどうかわからんのに45000円とは。さすがは古着屋。

僕: 「まからない?」
店員:「ちょっとお待ちください」

どこかに電話する店員。

店員:「いくらならいいですか?」
僕: 「そうだな、20000円」

また電話で話す店員。

店員:「20000円でいいそうです」

あっさり商談成立。

アパートに帰ってしげしげとながめる。
文字盤にAUTOMATICと書いてあるので振ってみたが、全く動かない。
やっぱりダメだ。古着屋なんかで時計を買うのはバカだな。

正月が明けて、本屋でパラパラとめくった腕時計の雑誌。
そこに見覚えのある時計が載っていた。

あのウォルサム!

江東区森下にあるケア-ズのオーナーが同じ時計を持っているらしい。
この人なら何とかしてくれるかもしれないってことで、週末にお店に行ってみた。

運良くオーナーがいたので、早速時計を見せると、

「うわー、持ってる人いるんだぁ。
 僕は長いこと時計屋やってるけど、自分のやつ以外に見たのは初めてですよ」

オーナー曰く、60~70年代のもので、確かにウォルサムだが中身は台湾製らしい。
それ以外の詳細はわからないとのこと。ホント謎な時計である。

「これ直ります?」
「うーん、やりたくないなぁ(笑)これ機械も変なんですよ。
 はっきり言って機械の造りが悪いんです。でも珍しいからがんばってみますよ」

で、1ヵ月後、治ったとの連絡。

「いや、奇跡みたいですよ。日付表示のギアがイカレてて、替えの部品なんか
 無いからあきらめてもらおうと思ってたんですけど、直っちゃったんですよ」

どうもイカれたギアのままでギリギリ動いているらしい。やっぱり謎な時計。
修理代はちょっと痛い40000円。でも満足。

PIC00027.jpg

2005年の今、ちゃんと実用できるレベルで元気に動いている。日付表示も健在だ。
このファンキーフェイスとデカゴツ具合がとっても気に入ってる。
どんな服に合わせても左手首だけが目立ってしまうのだが、そこがまたイイのだ。
  1. 2005/04/13(水) 12:30:32|
  2. 腕時計|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:1

欲スィ車を妄想する:クライスラー グランドワゴニア

今回はクライスラー グランドワゴニア

88gw_01-ls.jpeg

ワイルドで古臭い顔つき。60年代あたりの車に見えるでしょう。
でも、この写真のグランドワゴニアは88年式。御年17歳。老けてる。
おまえは、えなりかずきか。

グランドワゴニアの歴史は古い。

1962年、初代ワゴニアがにカイザー社からデビュー。
1970年、カイザー社はAMC(アメリカンモーターカンパニー)に吸収合併される。
1984年、AMCからコンパクトなチェロキーワゴニアが発売されると、
元祖ワゴニアはグランドワゴニアと名称が変更され、上級モデルとされた。
さらに1987年、AMCはクライスラーに吸収合併され、
その後1991年にグランドワゴニアは生産終了。

この流転の歴史30年間、基本的な設計は変えられることなく生産された
グランドワゴニア。この古臭い顔つきは、その頑固な思想によって守られた
伝統なのである。

この車の最大の特徴は、ズバリ木目。こんなに木目が似合う車は他に無い。
当然これにやられちゃってるファンは多く、僕もその一人だ。
今でも学生時代に湘南で見かけたグランドワゴニアの木目が脳裏に焼き付いている。
そのグランドワゴニアは小さなサーフショップの脇に停められていて、
潮風にやられたボディーは艶が無く、所々赤茶色錆びが浮いていた。
しかし。それがまた木目と似合うのである。少しボロい方が味が出てカッコイイ。
またあの木目はデカール(シール)で本物ではない。でもそこが70年代っぽくて好き。

そして、デカイ。中身も外見も。

全長 4,800mm
全幅 1,900mm
全高 1,800mm

日本車のファミリー向けバン(たとえばトヨタ アルファード)なんかと比べて
全長、全高はそうでもないが、全幅 1,900mmってのはかなりデカイ。
ベンツのS600よりもデカイ。走ってる姿は、も、大威張りって感じである。

そしてエンジンは360キュービック・インチのV8(5900cc)。これしかないだ。
正にアメリカンパワフルな走りが期待できる。
でも、やっぱり燃費は2~3Km/Lといったところらしい。

根強い人気があり、いくつもの専門店がある。
価格は高騰して250万以上、程度がいいと300万を超えるらしい。


は~ぁ。
やっぱり僕には買えないので、妄想してみる。思いっきり妄想してみる。。。


「父さん、この車買い換えたら?ボロボロじゃん。ガソリンだし。」
今年17歳になった息子がカーボンファイバー製のブーツで右フロントタイヤの
サイドウォールを蹴りながら言った。
「俺はこれがいいんだよ」
俺は少し軋むドアを開け、ベンチシートに乗り込んだ。

1989年式グランドワゴニアのエンジンをスタートさせ、県境にある
特別自然保存地区に向かって走り出した。

今年初めてのキャンプ。

今までは妻と下の娘も一緒だったが、今日は二人ともいない。
娘が行きたくないそうだ。朝から女同士で渋谷に買い物に行ってしまった。
そういえば最近、娘と言葉を交わすことが少なくなった。避けられているのだ。
あの幼かった娘がそんな年頃になったと思えば感慨深いが、やはり寂しい。
そういうわけで、初めての息子と二人きりのキャンプだ。

「ホント、ボロイよね。父さんいつから乗ってんの」
「おまえが生まれる前からだよ」
「うひょ-、オレより年上かぁ。もうオッサンだねこの車」
「オッサンってほどじゃないよ。まだ30歳だ」
「オッサンじゃん、前世紀ものだもん」

21世紀生まれの息子はよくこの言葉を使う。彼にとって20世紀は彼方の過去だ。
かつて、少年だった俺にとって21世紀は彼方の未来であった。
そこには夢と希望のみが輝きに包まれて見えていた。
息子にとっての未来はどのように見えているのだろうか。

「お、新しいジーパンじゃないか」
「うん、買ったんだ。1998年のヴィンテージユニクロ。デッドストックだよ」
「そいつも前世紀ものじゃないか」
「これはヴィンテージ。ただの前世紀ものとは違うよ」
「ふーん。高かったのか?」
「5万円」
「そんなにするのか。昔はユニクロのジーパンなんて2900円だったぞ」
「安!そんときいっぱい買っておいてくれれば良かったのに」
「俺は昔から先見の明ってやつが無いんだよ」
「せんけんのめいって何?」
「帰ってから辞書で調べろ」

特別自然保存地区の標識をすぎると、あたりは深い緑色に囲まれる。
風に揺れる木々の葉の間から見え隠れする太陽は、すでに橙色の光を放っていた。

少し固めのパワーウィンドウスイッチを押すと、爽やかな風とともに、
360キュービック・インチのV8エンジンの逞しい唸りが入り込んできた。
俺はこの音がたまらなく好きだ。

しかし、この音を聞くことができるのはあと僅かの間かもしれない。
今国会で環境保護強化法案が可決されれば、ガソリン車の一般所有が禁止され、
このグランドワゴニアも冷たい鉄の塊となる運命だ。

今やガソリン車は、急速に高性能化した電気自動車に取って代わられた。
ガソリン車を持つことは社会の悪であるとも言われ始めている。
電力会社の看板が掲げられたパワースタンドで、最新式の充電機が並ぶ片隅に
一台だけ置かれた古ぼけたガソリン補給機で給油するガソリン車オーナーは、
かつて煙草がまだ合法であった頃、ガラスで囲まれた狭い喫煙所に追い込まれた
喫煙者のように、肩身の狭い思いを強いられている。

来慣れた河原に下りると、いつもの大きな流木の脇にグランドワゴニアを停め、
リアゲートを開き、荷台から一通り荷物を降ろした。

「じゃ、頼むぞ」
「オッケー。行ってくるね」

息子は両手に軍手をはめると、少し暗くなり始めた森に入っていった。
いつも薪を拾いに行くのは彼の役目だ。

俺は石を積んでかまどを作り、料理の準備を始めた。
骨付きのラム肉は昨日下ごしらえした。ちょうどよく味が染み込んでいるはずだ。
グランドワゴニアの荷台でパン生地をこね、固く絞ったふきんを掛け発酵させる。
これも家で準備しておきたいところだが、それだと発酵しすぎてしまう。
現地でやるしかない。程よく発酵させたらダッチオーブンで焼く。

夕食のいい香りが漂い始めた。
日はすっかり暮れて、漆黒の闇が辺りを覆い尽くそうとしている。

「イテェ、あーあチクショー」

闇の向こうで、息子の声が聞こえた。
グランドワゴニアのヘッドライトを点灯すると、まぶしそうな顔をした息子が
両手に薪を抱えてこちらに向かってきた。少し足を引きずっている。
俺の目の前でバラバラと薪を投げ出すと、丸太の上に座り込んだ。

「何かに引っ掛かったんだ」
「どれ、見せてみろ」

ランタンで息子の足元を照らす。

「イテェ、ああっ、ジーパンが」

ヴィンテージユニクロの右膝の少し下が鉤型に3センチほど裂けている。
その下に血の滲んだ息子の白い膝小僧が見えた。

「大したことは無いぞ。川の水で洗っとけ」
「大したこと無くないよ、ジーパン破れちゃったよ。俺のユニクロ...」

息子の目に涙が浮かんでいた。小さい頃の息子の顔を思い出した。


「おーい飯だぞ」

返事が無い。
あれっきり息子はグランドワゴニアのボンネットに腰掛けて焚き火を見つめている。
橙色の炎に照らされたその表情は拗ねた幼いものだった。
こいつはまだまだ子供だなと思うと、なぜかふと気が緩んだ。

「おい、そんなにジーパンが破れたのがショックだったか」
「あたりまえじゃないか。だって5万もしたんだ」
「じゃあなんでキャンプにその大事な一張羅を穿いてきたんだ」
「味出ししたかったんだよ。キャンプで履いて体を動かせばいい感じになると思って」
「いい味が出たじゃないか」
「こんなの味じゃないよ」

「おまえキャンプ好きか?」
「好きだよ」
「俺とのキャンプは楽しいか」
「楽しいよ」
「好きで楽しいキャンプの最中にできたジーパンの傷は本物の味なんだよ」
「......」

ボンネットに座る息子の足がぶら下がっているあたり、
フェンダーのタイヤアーチの上が凹んでいる。
凹みの中央は10センチほどの楕円状にすっかり錆びて赤茶色に変色し、
周りのアイボリーの塗装はひび割れ、木目のデカールも剥がれている。
俺はそれをランタンで照らしながら息子に言った。

「おまえこの傷知っていたか?」
「うん。何で直さないの?って思ってた」
「この傷は俺にとっては懐かしい思い出だからさ」
「あれは真夜中の一時頃だった。
 病院からもう生まれそうだって電話がかかってきてな、
 俺はパジャマのままこいつに乗って病院に駆けつけたんだ。
 駐車場は真っ暗で、慌てていたおれは入り口のゲートに派手にぶつけたんだよ。
 何事だって夜勤の看護婦がみんな出てきて、その中の顔見知りの看護婦が
 母さんはもう分娩室に入ったって言うから、俺はエンジンも止めずに
 こいつをそこに置き去りにして、病院に駆け込んだんだ」
「これそのときの傷なの?」
「そうだ。朝になって駐車場に出てきたら、ガス欠でエンジンは止まっていた。
 仕方ないから、病院でポリタンクを借りて、近くのガソリンスタンドまで
 テクテク歩いた。うれしくて小躍りしながらな」
「この傷を見ると、初めて抱いたおまえの感触を思い出すんだよ。
 俺が最高にうれしかったときにできた傷だ」

俺は左手でその傷をさすりながら言った。

「男にとってジーパンや車は友達みたいなもんだ。
 いっしょに色んな事を経験して、お互いにいい味が出て来るんだよ」
「ふーん」

息子はフェンダーの傷とジーパンの傷を見比べながら小さく何度も頷いていた。

「ちょっと待ってろ」

俺は助手席のドアを開けると、グローブコンパートメントの中から紙袋を出した。

「こいつをおまえにやる」
「これ何?」

息子が袋に手を突っ込み、中身を引っ張り出した。

「ジーパン?」
「そうだ、1960年代のリーバイスだ」
「えっ、リーバイスってあの伝説の?」
「501XX。俺が15の時にデッドストックで手に入れた。20年かけて味出し済みだ」
「スゲ-や。もう手に入んないんだよリーバイスって。
 それにしてもこれ傷だらけだね」
「ああ、全部の傷に思い出がある。聞きたいか?」
「うん!」

すっかり機嫌を直した息子はボンネットから飛び降りた。

二人並んで丸太に座り、ちょっと焼きすぎたラム肉をほうばりながら、
久しぶりに俺は懐かしい前世紀の話をした。
  1. 2005/04/11(月) 19:45:59|
  2. |
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:7

カスタムオーダーでウォレットを作ってみる:Van Amburg Leathers

表題を書いたところで、ふと

「カスタムオーダーでウォッシュレットを作ってみる」

に似てると思った。

「総コノリーレザー張り、便座39℃、水温42℃、水勢強め、ノズル位置前気味...」

なんて。もったいなくて使えまへん。

閑話休題。

ウォレットである。日本語だと財布。

僕は若い頃から財布があまり好きじゃなかった。
っていうか、映画で渋いオッサン(例えばダスティン・ホフマン)
がニューヨークの街角の売店で、ポケットからシワシワのドル札を取り出して
新聞を買ったり、悪そうなお兄さんがお尻のポケットから輪ゴムで束ねて丸まった
ドル札の塊を出して、ポンと投げ渡したりってなんていうシーンを見て
カッチョエエと思っていたのだ。

それで僕は財布を持たず、小銭は裸で前ポケット、お札はマネークリップに
挟んで後ろポケットというスタイルだった。

でも、歩くとチャリチャリとウルサイし、よくお金落とすし、ポケット破れるし、
第一コテコテ日本人顔の僕がやってもイマイチ似合うわけがない。
やっと最近気付いて、財布を買うことにした。

僕の理想的な財布は、

・二つ折りでお尻ポケットからベロンってはみ出ない(アレカコワルイヨ)
・皮製
・ウォレットチェーンが付けられる
・ハード過ぎないデザイン
・小銭入れは別に持ってるからいらない
・ブランドのロゴがいっぱい付いてたりしない
・カードが入る
・丈夫

色々探したんだけど、なかなか気に入ったのが無い。

んじゃどっかでカスタムオーダーできないかと。
で、見つけたのがVan Amburg Leathers(ヴァンアンバーグ レザーズ)

jerry01s.jpg

このオジサンがJerry Van Amburg氏。
ロサンジェルスで工房を構え、全て手作りで革製品を作っているらしい。

早速見積もり依頼。
形は二つ折りのBI-FOLD WALLETをチョイス。
外側は素材は黒のぺブルグレインカウハイド。
表面にしわ模様が入っていて、ちょっとワイルドな感じ。
内側は鮮やかなオレンジのイタリアンカウハイド。
カード入れが六ヶ所と札入れに仕切りを付けて、領収書を入れられるように。
外周を黒の革紐で二重かがり。
ウォレットチェーンの穴にはシルバー製のグロメットを入れて、
同じくシルバー製のTバーを付けた。

メールで見積もりを受け取って、オーダー。支払いはWebでカード払い。
一ヶ月ほどでウォレットが届いた。

P1000070s.jpg

思い描いていたとおりの出来ばえ。丁寧かつ頑丈な作り。

P1000072s.jpg

シルバーの質感が革に似合ってるでしょ。

P1000077s.jpg

鮮やかな内側。カードの出し入れはスムーズで、使い勝手よろしい。

P1000081s.jpg

この仕切りがまた便利なのだ。領収書とかがお札と混ざらなくてイイ。

P1000076s.jpg

ここにJerry Van Amburg氏の直筆サインを入れてもらった。

コスト的にははブランドもの財布を買うよりも安い。
なんといっても自分の好きなようにカスタムできるのがいいのよ。
素材を選べばどんな雰囲気にもできるから女性にもオススメよん。
  1. 2005/04/09(土) 00:22:54|
  2. ファッション・小物|
  3. トラックバック:4|
  4. コメント:3

Psychedelic Graphics:サイケデリックグラフィックス

僕が愛してやまない1960~70年代が産み落としたカルチャーの一つに
サイケデリックムーブメントがある。

「サイケ」という風に略して言えば、我々の世代にも親しみ深い。
特に女性ファッションシーンではしばしばモチーフとして採用され、
もはや定番となっている。

最近ではエミリオプッチのサイケデリックパターンが一大ブームとなり
多くの女性を虜にしている。

emilios.jpg Emilio Pucci






サイケデリックとは元々「魂の増幅」を意味する言葉であり、
1960年代に大きなムーブメントとなったLSD(幻覚剤)による
トリップ状態の精神が創り出すヴィジュアルなどを指し、
それまでの規制概念にとらわれない自由な表現形態の総称である。

当時のベトナム戦争に代表される不安定な社会情勢の中、
人々は精神的呪縛から自らを解き放ち、意識を改革する手段として
ドラッグをポジティブにとらえ、それによって生み出された
サイケデリックムーブメントはヒッピー、ロックなどとともに
カウンターカルチャーとして昇華せられた。

このムーブメントを象徴し、強い印象を現代の我々に与え続ける
ヴィジュアル様式がサイケデリックグラフィックスである。

ここで紹介するヴィジュアルは、サイケデリック発祥の地
サンフランシスコで当時頻繁に行われたコンサートの告知ポスター群である。

BonnieMacLeans.jpg Bonnie MacLean




見るものを圧倒するヴィヴィッドな色と平衡感覚が麻痺してしまいそうな
ねじれた曲線。背景と溶け合い判別が困難な文字。
それまでほとんどの音楽ポスターがモノクロだった当時、
これらが人々に与えた衝撃はかなり強いものであったと想像できる。

WesWilsons.jpg Wes Wilson




サイケデリックグラフィックスの特徴としては、まずその色使いが挙げられる。
人間の目は赤と青、赤と緑、などのヴィヴィッドな色の組み合わせを
一度に知覚するのが苦手であり、それを見たものはチカチカとした
光の世界を体験する。これがドラッグで研ぎ澄まされた感覚をシミュレートしている。

VictorMoscoso_s.jpg Victor Moscoso




またビジュアルを構成する全てのオブジェクトが融合するかのような
フォルムも同じような効果をもたらす。告知ポスターであるにもかかわらず
本来の機能を犠牲にしてまで独特の世界観を表現している点は、
そのアート性の高さを物語っている。

LeeConklins.jpg Lee Conklin




以上、非常に簡単な紹介であったが、ここで最後にひとつ書きたいことがある。

確かに歴史上の事実として、ドラッグは優れたカルチャーを産み出した。
しかし、ドラッグは人の精神を簡単に破壊し廃人たらしめる恐ろしい存在であり、
間違いなく悪である。特に、使用者の低年齢化は世界的に深刻な問題であり、
僕らが暮らす日本においても例外ではない。

僕は自身も、僕の大切な人々もドラッグに犯されるようなことが
決してないことを強く願う。
  1. 2005/04/06(水) 00:15:09|
  2. カルチャー|
  3. トラックバック:1|
  4. コメント:0

美味すぎる!一鶴の骨付鳥

今日は予報がハズれてちょーいい天気。

カミさんが息子を連れて実家に帰っちゃったので、
(出て行ったわけではない)

ヒマー。

ちょっくら相棒DAX君でその辺をぼらぼらしようかと。

いー気持ちでブイブイ走ってると、モーレツに腹へり。
ここはガッツリと喰いたい気分。

で、やってきたのが「骨付鳥一鶴」の横浜青葉台店。

P1000165s.jpg

ここは四国香川に本店を構える鳥料理の名店。
歴史は古く、1952年創業。半世紀もの間、頑固に守り続けられた伝統の味。
前々からいつか香川に行ったら是非寄ってみたいと思っていた。

ところがつい最近(昨年だったかな)、県外初進出ってことで、
近所の青葉台に支店ができたじゃあ~りませんか。
早速行って、喰って、病みつきに。

P1000166s.jpg

ここ青葉台店はなかなかモダンな造り。店内も広くてシンプルで居心地よし。

P1000167s.jpg

主なメニューはいたってシンプル。「おやどり」と「ひなどり」。
他にも安くて(368円)おいしい小鉢がいっぱいある。

今日は、っていうかいつもだけど、「ひなどり」と「おむすび」をチョイス。

P1000173s.jpg

これこれ。いい匂い。うまそー!

さらにアップで。

P1000175s.jpg

もーたまらん!

早速手づかみでかぶりつく。うまい!うまい!
熱々で、柔らかくて、スパイシーで、ジューシーで。も、最高。幸せなひと時。
キャベツやおむすびに鳥の下にたまってるタレに付けて食べると、
これがさらにうんまい。鳥のスープもサッパリしててコクがあって美味。

P1000178s.jpg

一気に完食。10分足らず。ふ~、ごっそさん!

ホームページから通販でも買えるよ。絶対のオススメ。
  1. 2005/04/03(日) 17:23:44|
  2. コレハウマイ!|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

欲スィ車を妄想する:ポルシェ914

僕は車を持ってないのだが、車は大大好物。
欲しい車は?と聞かれれば100や200はすぐにあげることができる。
その中の1台でさえなかなか買えないので、妄想オーナーになってみる。

今回はポルシェ914。

914_1s.jpg

この車を見て口にする言葉は、その人の年齢によって変わる。

20代「えーこれがポルシェ?」
30代「おお、なつかしー、カッコええ!」
40代「これはポルシェじゃないよ。ワーゲンだよワーゲン。」

実はどの発言も的を得ている。

あまりにも個性的なデザインは、あの911なんかとは似ても似つかず、
とてもポルシェには見えない。
エンジンはポルシェ定番のリアではなくミドシップに縦置きされ、
コックピットの前後に大きなトランクスペースが設けられている。
ピッと尖ったフェンダーのデザインは、かなりアバンギャルトだ。

デビューは1970年。
その後数年、日本ではスーパーカーブームが到来。
このポルシェ914も若干マイナーではあったが、スーパーカーの1台だった。
一応「サーキットの狼」にも登場した。名無しのドライバーだったけど。

開発コンセプトは「より安く、より多くの人にポルシェの車を」
エンジンをはじめとした主要部品をVWの量産車から流用することにより、
コストの低減を図り、共同出資会社「VW-ポルシェ販売会社」
によって販売された。まさに「ワーゲン・ポルシェ」
多くのポルシェ好きのオヂサン達は「ポルシェ」として認めていない。

VW製のFLAT4 1.7Lを搭載する914と、ポルシェ911TのFLAT6 2Lを
搭載する914/6が発売された。その後FLAT4 2リッターが発売され、
1976年に生産が終了された。

FLAT4 1.7Lと2Lは決して速い車ではなかったが、FLAT6 2Lの914/6は
かなり速かったらしい。車重が940Kgと軽いので、当時の911を凌駕した。

やっぱり僕は914/6が欲スィ。でも、非常に玉数が少なく、当然高い。
コンディションが良いと300万以上する。
914の1.7Lだったら、100万チョイで買って、50万でレストアってことが
できそう。なんせVWのエンジンだからパーツも豊富で安い。現実的。

でも今は買えないので、妄想してみる。思いっきり妄想してみる。。。


小雨が降るパリ16区の冬の朝。

俺は白い息を吐きながら着古したバーブァーのオイルドコートの襟を立て、
アパルトマンの錆びた門戸を軋ませて表へ出る。
雨で黒く染まった街に人気は無く、ただ微かな雨音が聞こえる。
壁に刻まれたギマールの名はかすれてよく見えない。

通りを渡り、三方をアパルトマンで囲まれた小さな広場へ。
その片隅にポルシェ914/6は昨晩と変わらず佇んでいる。
モノトーンの街に唯一ボディのグリーンが色づいている。

いつのまにか雨が止み、雲の切れ間から朝日が射してきた。
淡い光の筋が広場に降り注ぎ、濡れた石畳をきらきらと輝かせる。
大きくなだらかなトランクフードを滑る雨粒は2つ3つと連なり、
一時留まると、するすると落ちて石畳に跳ねる。

華奢なドアを開き、鈍く黒光るレザーシートに滑り込む。
細い皮巻きのステアリングを片手で軽く握りながらキーを回す。
冷えたエンジンはすぐに目を醒まし、乾いた鼓動を刻む。
軽くアクセルを煽ると、FLAT6が聞きなれた咆哮をあげる。

俺はふと思いつき、一度踏み込んだクラッチを戻すと、
天井のレバーを外してから再び外に出た。
ルーフの水滴をコートの袖で振り払うと、両手で抱えるように持ち上げた。
手探りでトランクフードを開き、ルーフをしまいこむ。

腰を伸ばすと、ポケットからクシャクシャになったゴロワーズを取り出し、
一本を口の左端に咥え、マッチで火をつけながら呟いた。

「いい日になりそうだ」

俺はオープンになったポルシェ914/6に乗り込むと、旨いカプチーノと
クロックムッシュを求めて、サンジェルマン・デ・プレに向けて走り出した。
 
  1. 2005/04/02(土) 20:20:17|
  2. |
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。